「ピンピンコロリで逝くからね」と宣言する方がいますが、実際にはその通りにいかないことが現実です。日本は長寿大国であり、介護状態で亡くなるケースが増えています。その結果、介護を経た相続がトラブルの発端となることがしばしば見られます。
親を介護した人が相続で多くの財産をもらえるとは限らない
父親の介護をしていたAさんからの相談について、法的な観点から説明します。
Aさんが介護をしていたにもかかわらず、姉や弟が介護に参加せず、しかし相続時に法定相続分通りに財産を分けようと言っている状況について、法律上介護をした人が優遇される特別な相続ルールは存在しません。
相続において法定相続分は、親と子ども、兄弟姉妹などの法定相続人に対して分配される相続分を指します。この法定相続分の配分は、法的な規定に基づいていますが、介護をしたことや家族の状況によって優遇されるといった法的規定はありません。
したがって、法的な基準に基づいて相続を行う場合、介護をしたことが特別に考慮されるわけではなく、法定相続分に基づいて分割されることになります。相続に関するトラブルを避けるためには、家族間でのコミュニケーションや、希望や意向を明確にするために遺言書を作成するなどの対策が重要です。
寄与分は他の相続人に認めてもらわなくてはいけない
介護において財産を多くもらうという考え方は、「寄与分」という概念に基づいています。寄与分は、被相続人(亡くなった方)の財産の維持または増加に特別な寄与をした人が、その貢献度に応じて相続できる財産をプラスする仕組みです。
介護における「特別の寄与」は、無償で介護をしたこと、介護を通じて亡くなった方の財産の維持または増加に寄与したこと、相続財産を多くもらうほどの貢献があったことなどが含まれます。ただし、これらの要件を満たしているかどうかは他の相続人(たとえばAさんの場合、姉や弟)によって認められなければなりません。
要するに、介護における特別な寄与を主張する場合、他の相続人との合意が不可欠です。Aさんが介護によって特別な貢献をしたと認められない限り、法的に寄与分を主張することが難しくなります。コミュニケーションや合意形成が重要であり、寄与分を求める際には家族内での円滑な意思疎通が不可欠です。
親の介護を巡って、兄弟は相続で対立しやすい
Aさんが「介護した分、たくさん相続する!」と主張する場合、他の相続人(Aさんの場合は姉と弟)には「寄与分」を認めてもらう必要があります。
姉と弟の立場からの意見は次の通りです。
「父が倒れた時、Aが『会社を辞めて父の面倒をみてもいい』と言ってくれてほっとしたのは事実です。でも、実際に父は全く動けなかったわけではないし、昼はデイサービスを使っていたんだから、そんなに大変だったとは思えません。だいたい、Aはずっと自宅で親がかりで生活していたんだから、たくさん貯金があるはずでしょ。退職金だってたくさんもらったらしいんですよ。私たちは独立してから親に援助してもらったことはありません。それを考えたら、法定相続分通りの相続でいいと思ってるんですよ」
Aさんは独身で生まれてからずっと自宅暮らしで、自分の給料はすべて自分のものでした。家事は両親が全て担当しており、Aさんは上げ膳据え膳の生活を送っていました。母親は3年前に他界し、1年前に父親が倒れて要介護状態になりました。
裁判所で寄与分が認められるハードルも高く、金額も低い
他の相続人にとって、「寄与分」を認めることは、自身がもらう相続財産が減る可能性があり、そのためなかなか認めてもらうのは難しいことです。
Aさんと姉弟の話し合いがうまく進まない場合、Aさんが依然として「寄与分」を求める場合は、家庭裁判所に申し立てをし、調停を試みることになります。調停でも合意に達しなければ、最終的には裁判となります。
ただし、家庭裁判所で寄与分を認められるハードルは高く、期待するほどの金額はもらえません。寄与行為が通常期待される範囲を越えていることが求められ、例えば「ヘルパーに頼まず介護に専念した」「仕事を辞めて親の家業を無償で手伝った」などの特別な行為が必要です。寄与行為を裏付ける証拠も求められます。
また、裁判所で認められても期待するほどの金額は得られません。過去の判例では、介護を10年以上していたケースでも1日数千円程度の寄与分が認められた例があります。なお、相続法改正により、無償で療養看護等を行った親族が相続人に対して特別寄与料を請求できる制度ができましたが、考え方は「寄与分」と同様です。
介護した分、遺産を多くもらうための方法
Aさん一家の話を聞いて、どちらの言い分も理解できると感じます。しかし、このような状況で遺産の分け方を決めることは確かに難しい課題です。
問題の要因として、Aさんが介護を引き受ける際に相続に関する条件を具体的に話し合わず、「多くもらう」という口約束だけで済ませてしまったことが挙げられます。この点から学ぶべき重要な教訓があります。
遺言書を書いてもらう
会社を辞めてまで介護を引き受ける決断をする際に、将来の相続に関する権利を守るためには、父親に具体的な財産の分け方を定めた遺言書を書いてもらうべきでした。遺言書が存在すると、通常はその内容に基づいて遺産が分配されるため、後から他の兄弟が介入する余地はほとんどありません。
父親が具合が悪くなった段階で、「遺言書を書いてほしい」という要望を伝えることは難しいことかもしれません。しかし、このような重要な事項をうやむやにしておくことは避けるべきであり、将来のトラブルを防ぐためには明確な遺言書が重要です。
特にAさんのようなケースでは、話し合いがこじれると今までの兄弟との関係が悪化し、孤立無援の状態に陥る可能性があります。このような事態を避けるためには、「親の責任として遺言書を書いてください」という主張が適切でした。透明性と誠実なコミュニケーションが、将来の問題を未然に防ぐ助けとなります。
生前贈与してもらう
父親の生前に贈与を受けることで、Aさんは相続時に多くの財産を受け取ることができます。この際、特別受益の持ち戻し免除の意思表示が重要です。
生前贈与によって受け取った財産は、遺産分割協議の際に、「前渡し分」として考慮され、特別受益の持ち戻しを検討することになります。特別受益の持ち戻しは、贈与された財産が相続時において「特別な受益」と見なされ、その分を均等に戻すという仕組みです。
しかし、贈与を行った父親が「死亡時に特別受益を持ち戻さない」という具体的な意思表示をしていれば、Aさんはその免除を受けることができます。この意思表示があれば、贈与と相続が切り離され、Aさんは贈与された財産をそのまま受け取ることができます。
このような生前贈与は、相続時の紛争を未然に防ぎ、遺産分割を円滑に進める手段となります。適切な法的手続きと共に、明確なコミュニケーションが大切です。
負担付死因贈与契約を結ぶ
負担付死因贈与契約は、「贈与する代わりに○○してもらう」という条件付きの贈与契約であり、介護の場面では、「金○○円を渡す代わりに、私が亡くなるまで介護してほしい」といった内容の契約です。
Aさんと父親がこの契約を結ぶことで、生前の介護が前提となり、父親にとっては安心感が生まれます。この契約は遺言書と異なり、Aさんの同意がない限り内容を変更することができないため、Aさんにとっても安心な取り決めとなります。
ただし、死因贈与契約にはいくつかの留意点があります。通常の相続と比べて不動産取得税や登録免許税が高くなり、贈与税ではなく相続税の対象となる点に留意する必要があります。契約内容や税務上の影響については、専門家のアドバイスを受けることが重要です。
介護する家族でもめやすいのが「通帳の管理」
介護において発生しやすいトラブルの一例として、「通帳の管理」が挙げられます。被介護者が要介護状態になると、その生活や介護に関する費用の管理を担当するのは通常、介護をしている家族です。この際、通帳から現金の出し入れや生活費、介護費用の管理などが行われます。
介護には多くの費用がかかり、これらを適切に管理することが求められます。通帳からの支出が透明でない場合、「親の資産を勝手に使用したのではないか」といった疑念が生じることがあります。このようなトラブルを避けるためには、介護用の通帳を作成し、どのような用途に使用したかが明確にわかるように管理することが重要です。円満な相続を目指す上で、適切な通帳の管理は一つの要点と言えるでしょう。
まとめ
介護を担当した人とそうでない人では、負担感や経験が異なります。この状況はAさんきょうだいに限った特殊な例ではなく、つらい介護の経験に続いて争いが生じることは避けられません。このような辛い状況を未然に防ぐためにも、遺産相続に関するしっかりとした対策が必要です。
もし相続で問題が発生しそうな兆候を感じた場合は、遠慮せずに早めに弁護士や専門家に相談してみましょう。専門家は法的なアドバイスを提供し、問題解決に向けた適切なアクションをアドバイスしてくれます。円満な解決を図るためには、早期の専門家の助言が非常に有益です。