日本の国際化が進展する中で、海外在住者や海外に親族を有する方が増加しています。今回は、相続人に海外在住者が含まれる場合の相続手続きにおける留意点についてまとめてみました。このテーマについて、弁護士の伊勢田篤史氏が詳しく解説します。
相続手続きの基本的な流れについて
新型コロナウイルスの影響を受ける前の統計データによれば、2017年10月時点で海外在住の邦人が史上最多の135万人を超えました。将来的には、相続手続きにおいて「海外在住」の家族や親族が関与する可能性が高まっています。
まず初めに、相続手続きの基本的な流れについて説明します。
個人が亡くなった場合(相続が発生した場合)、その故人の「遺言書」が存在しない場合、故人の財産を相続する権利を有する「相続人」全員が、「故人の財産をどのように分けるか」について話し合い、遺産の分割方法を決定する必要があります。これが「遺産分割協議」と呼ばれる手続きです。
遺産分割協議では、「故人の財産をどのように分けるか」について相続人全員で合意する必要があります。1人でも合意が得られない場合、遺産分割協議はまとまらず、最悪の場合、裁判所が介入する手続に移行することとなります。言い換えれば、海外在住の相続人がいる場合、その当事者を無視して相続手続きを進めることはできません。
遺産分割協議が成功した場合、将来的なトラブルを防ぐために、故人の財産の分割方法が記載された「遺産分割協議書」と呼ばれる文書が作成され、相続人全員が署名し、実印で押印されるのが一般的です。
海外在住者の相続手続きにおける留意点
さて、先述の通り、故人の遺言書が存在しない場合は、「遺産分割協議」において故人の遺産を分割する方法について話し合い、決定する必要があります。遺産分割協議において、海外在住者が留意すべきポイントについて説明いたします。
遺産分割協議の前に留意すべき事項
遺産分割協議を実施するには、「相続人の範囲」と「遺産の範囲」についての調査が必要です。
- 相続人の範囲について
相続人の範囲に関しては、故人の出生から死亡までの全ての戸籍謄本を入手し、その内容を確認することで明らかになります。海外在住者であっても、市役所などに対して戸籍謄本の郵送請求が可能ですが、他の相続人が日本に滞在している場合は、代理で手続きしてもらうことが助けになります。 - 遺産の範囲について
遺産の範囲については、相続人たちが行う入念な財産調査により明らかにされます。具体的には、故人の遺品や生前の言動などから、遺産の中身を特定していくことになります。海外在住者にとっては、このような財産調査への関与が難しいため、通常は他の相続人による結果を信頼することが一般的です。ただし、預貯金口座の残高証明書や登記簿謄本など客観的な資料については、将来的なトラブルを防ぐためにも確実に確認することが重要です。
遺産分割協議中の留意事項
遺産分割協議は、相続人同士での対立が頻発することがあります。特に、海外在住者の場合、他の相続人から「海外にいたため、故人のサポートが不足だった」といった非難を受けることがあり、弱い立場に追い込まれる可能性があります。ただし、遺産分割協議は全員の合意が得られない限り終了しない性質を持っています。そのため、自身の主張を堅持しつつ、納得いくまで協議を進めることが重要です。
遺産分割後の留意事項
1.遺産分割協議書の作成と提出
遺産分割協議が円滑に進み、故人の遺産の分割方法が合意された場合、先述の通り、「遺産分割協議書」を作成します。遺産には預貯金口座や不動産が含まれる場合、金融機関や法務局に「遺産分割協議書」を提出し、相続手続きを進める必要があります。この際、協議書とともに、相続人全員の印鑑証明書の提出も必要です。
2.「印鑑証明書」の代替となる「署名証明書」
海外在住者が多い場合、日本国内の住民票を抹消していることが一般的で、印鑑証明書の入手が難しいことがあります。このため、「署名証明書」が必要です。署名証明書は、在留先の日本領事館などで申請し、自身の署名(及び拇印)が領事の面前で行われたことを証明します。ただし、署名証明書には2種類あり、必要な形式については事前に確認が必要です。一部の金融機関では署名押印を求める場合もありますので、留意が必要です。
3. その他の必要資料
不動産の相続手続きでは、「在留証明書」が住民票の代わりとして必要な場合があります。海外在住者は、特殊な書類の提出が求められることが多いため、事前にどの書類が必要かを確認することが重要です。
まとめ
上記の通り、相続に対して何も対策をしていない場合、海外在住者の相続人は、例えば「署名証明書」を取得するために現地の公館まで出向かなければならないなど、非常に手間のかかる手続きが必要となります。
しかし、このような手続きは、遺言書の作成などの相続対策を講じることで、比較的容易に回避できる可能性があります。
身内が海外在住の場合は、できるだけ早く相続対策を検討することが賢明です。