相続は、亡くなった方の財産上の権利と義務を承継することを指します。しかし、相続には民法で様々なルールが定められており、時には複雑な問題が発生します。この記事では、税理士が相続に関する基本的な知識や考え方を解説します。
相続とは? 定義と概要の簡単な解説
まず、相続の定義や相続がいつから始まるのかなど、基本的な概要を分かりやすく説明します。
相続とは財産上の権利義務を引き継ぐこと
相続では、亡くなった人を被相続人、財産を引き継ぐ人を相続人といいます。具体的には、ある人が死亡した際に、その亡くなった人が所有していた全ての財産や権利・義務が、配偶者や子どもなど一定の身分関係にある人に引き継がれることを指します。
簡潔に言えば、被相続人から相続人へ財産上の権利義務が受け継がれる仕組みです。財産上の権利義務については後述します。
相続の開始について
相続の開始に関して、民法882条では「相続は死亡によって開始する」と規定されています。言い換えれば、被相続人が死亡した瞬間から相続が始まります。
なお、死亡には自然的な死亡だけでなく、行方不明になって後7年が経過した場合などの「失踪宣告」や、事故や災害などで亡くなった可能性が極めて高い場合の「認定死亡」などの法律上の死亡も含まれます。
遺産分割の3つの基本ルール
遺産分割には3つの基本的な原則が存在します。
- 遺言書による指定
相続において最も優先されるのは、被相続人が遺した遺言書による指定です。遺言書が存在しない場合や遺言書での指定がない財産については、相続人同士が遺産分割協議を通じて合意を得ることが求められます。 - 遺産分割協議による分割
遺言書がないか、または遺言書での指定がない財産に関しては、相続人同士が遺産分割協議を行い、合意に達することで分割が行われます。この協議が成立しない場合、裁判所での遺産分割調停が行われることがあります。 - 遺産分割調停
遺産分割協議がまとまらない場合、裁判所で遺産分割の調停が行われます。調停により相続人間の紛争を解決し、公正かつ適切な遺産分割が行われるように努められます。
相続はしばしば紛争のもととなる
近年、相続トラブルは増加傾向にあります。多くの人が「財産が少ないから相続トラブルは起こりにくいだろう」と考えるかもしれませんが、司法統計によれば、家庭裁判所において審理された遺産分割のうち、75%が遺産額5000万円以下であり、そのうち33%は遺産額が1000万円以下でした。
日本では私有財産制度が認められており、個々の財産に対する取り決めは個人の意志に委ねられています。しかし、この自由な財産処分により、相続人間で紛争が生じることがあります。亡くなった人の財産をどのように分割するかを規定する法律がなければ、財産の処遇が不透明となり、相続トラブルが生じる可能性が高まります。現在の相続制度は、こうした事態を回避するために整備されています。
相続の対象となる財産とは
相続の対象となる財産は何でしょうか? 相続対象となるもの、また相続に含まれないものについて詳しく説明していきます。
遺産には「プラスの財産」と「マイナスの財産」が存在する
通常、相続といえば現預金や不動産、美術品などの「市場価値のある資産」を考えがちですが、日本の相続制度は「包括承継」です。つまり、売却できる資産だけでなく、債務や未払税金、未払費用などの「マイナスの財産」も引き継がれます。以下は、相続の対象となる主なプラスの財産とマイナスの財産の例です。
【プラスの財産】
- 動産(現預金、有価証券、貸付金、売掛金、自動車、家財、船舶、骨とう品や所外、貴金属など)
- 不動産(宅地、農地、建物、店舗、居宅、借地権、借家権など)
【マイナスの財産】
- 負債(現預金、有価証券、貸付金、売掛金、自動車、家財、船舶、骨董品や所外、貴金属など)
- 未払税金等(所得税や住民税、固定資産税や延滞税等の未納分)
- 未払費用(水道光熱費や電話代、医療費、家賃などで被相続人が使用していた期間分のうち未払いのもの)
相続の対象とならない財産
相続の対象とならない財産
身分的な権利・義務関係や祭祀関連の財産など、相続の対象とならない財産もあります。相続の対象とならない財産は次のようなものです。
- 一身専属的な権利義務(生活保護受給権、国家資格、親権、扶養義務など)
- 香典、弔慰金、葬儀費用
- 生命保険金(被相続人自身が保険金の受取人になっているものを除く)
- 死亡退職金(受取人指定がなく、被相続人に受取の権利があるものを除く)
- 遺族年金(被相続人自身が保険金の受取人になっているものを除く)
- 墓地、墓石、仏壇、祭具、系譜(祭祀主催者が承継するが遺産分割の対象とはならない)
「相続の対象とはならない」ものとは、あくまで「民法上の相続の対象とならない財産」です。生命保険金や死亡退職金については、民法上の相続の対象とはなりませんが、税法上は「みなし相続財産」として相続税の課税対象となります。また、生命保険金や死亡退職金のうち一定額や墓地や墓石などは相続税法上非課税財産として取り扱われます。
誰が遺産を相続するのか
日本の相続では「遺言書の有無」が大きく影響しますが、基本的に遺産を相続できるのは法定相続人と受遺者です。
【法定相続人】
法定相続人とは、民法で定められた被相続人の親族で、配偶者、子ども、両親、兄弟姉妹などが該当します。
【受遺者】
受遺者は、遺言書によって指定された遺産の受取人です。遺言書が存在する場合、被相続人の意思に基づいて特定の人が遺産を相続します。
遺言書の有無によって異なるケース別に解説します。
遺言書が存在する場合
遺言書が存在する場合、原則としてその内容が優先されます。遺言書によって特定の人物が受遺者(遺産の受取人)として指定されている場合、その受遺者が遺産を相続します。重要なのは、受遺者には、民法で定められた法定相続人に限らず、それ以外の人物を指定することができる点です。ただし、この際には後述する遺留分の制約を考慮する必要があります。
法定相続人が法定相続の場合、遺言書に指定がないか、または遺言書が存在しない場合は、民法に基づき法定相続人が遺産を相続します。
法定相続人には、婚姻関係にある法定配偶者(事実婚や内縁の妻は含まれません)が常に含まれます。親族(血縁者)については、相続順位が決まっており、高い順位の者が優先的に相続人となります。
相続順位を家系図で確認すると以下の通りです。
- 常に相続人:配偶者(妻や夫)
- 第一順位:直系卑属(子や孫)およびその代襲相続人
- 第二順位:直系尊属(父母や祖父母)
- 第三順位:兄弟姉妹およびその代襲相続人
たとえば、第一順位の子が生存していれば、子が相続人となります。子が亡くなっており、かつその子ども(被相続人の孫)がいない場合、第二順位の父母が相続人となります。ただし、先順位に生存者がいる場合、後順位の者は相続権を有しません。養子縁組をした子どもは、実子と同等の権利を持ちます。
相続人の範囲が複雑な場合(例: 亡くなった者が離婚歴がある場合)、法定相続人の範囲は亡くなった者の戸籍謄本を確認することで明らかになります。
法定相続人が法定相続の場合
遺言書に指定がないか、または遺言書が存在しない場合は、民法に基づき法定相続人が遺産を相続します。
法定相続人には、婚姻関係にある法定配偶者(事実婚や内縁の妻は含まれません)が常に含まれます。親族(血縁者)については、相続順位が決まっており、高い順位の者が優先的に相続人となります。
- 常に相続人:配偶者(妻や夫)
- 第一順位:直系卑属(子や孫)およびその代襲相続人
- 第二順位:直系尊属(父母や祖父母)
- 第三順位:兄弟姉妹およびその代襲相続人
たとえば、第一順位の子が生存していれば、子が相続人となります。子が亡くなっており、かつその子ども(被相続人の孫)がいない場合、第二順位の父母が相続人となります。ただし、先順位に生存者がいる場合、後順位の者は相続権を有しません。養子縁組をした子どもは、実子と同等の権利を持ちます。
相続人の範囲が複雑な場合(例: 亡くなった者が離婚歴がある場合)、法定相続人の範囲は亡くなった者の戸籍謄本を確認することで明らかになります。
代襲相続とは
代襲相続とは、亡くなった人が本来相続権を有していたが、その人が既に亡くなっており、その地位を引き継いで相続権を持つ人を指します。
代襲相続人になるのは、生存していれば法定相続人になるであろう故人の直系卑属(子や孫、ひ孫)です。たとえば、第一順位の子が既に亡くなっている場合、その子の子である孫が代襲相続人となります。また、第三順位の兄弟姉妹が亡くなっている場合、その子である被相続人の甥や姪が代襲相続人になります。
遺産分割の際には、誰が法定相続人であるかを調べる必要があります。
次に、実際にどのように遺産を分割していくかや相続割合についても解説していきます。
相続割合について
「遺産をどう分けるか」も、前述したポイント2と同じく、遺言書の内容が優先されます。遺言書に具体的な分割指示がない場合は、相続人たちが遺産分割協議を行います。協議で合意できればその内容が実行されますが、合意が得られない場合は、調停や審判により法定相続分に基づいて遺産分割方法が最終的に決定されます。
遺言書による指定
「遺言書による指定」では、遺言書に財産や相続分に関する具体的な指定がある場合、その指定に従います。ただし、前述した通り、遺留分を侵害することはできません。遺言書の内容に不満がある場合、相続人全員の同意が得られるなどの条件を満たす場合、遺産分割協議を行うこともできます。
遺留分とは
「遺留分とは」では、被相続人の配偶者や子ども、両親など、法定相続人には最低限の分割割合が民法で定められています。これを遺留分といいます。遺留分が認められる相続人は以下の通りです。
- 配偶者
- 直系卑属(子ども、孫など)
- 直系尊属(両親、祖父母など)
兄弟姉妹には遺留分は認められていません。遺言などによって遺留分が侵害された場合、遺留分減殺請求(遺留分侵害額請求)を行うことができます。詳細については、下記の記事をご確認ください。
法定相続とは分とは
法定相続分とは、各法定相続人の相続割合を民法で定めたものです。相続順位ごとに法定相続分が設けられ、以下に示すようになります。
【配偶者と子が相続人の場合】
- 配偶者に2分の1、子に2分の1
【配偶者と父母(あるいは祖父母)が相続人の場合】
- 配偶者に3分の2、父母(あるいは祖父母)に3分の1
【配偶者と兄弟姉妹が相続人の場合】
- 配偶者に4分の3、兄弟姉妹に4分の1
配偶者以外の相続人が複数いる場合は、その人数で相続分が分かれます。法定相続分は基本的な目安であり、遺産分割協議において相続人全員が同意すれば、異なる分け方も可能です。
相続税の発生有無
相続において重要な課題の一つが「相続税の発生有無」です。相続が発生したからといって、必ずしも相続税がかかるわけではありません。相続税は、相続財産のうち相続税法上の相続財産が基礎控除額を超える場合に課税されますので、その点に留意する必要があります。
相続税の基礎控除額
相続税の基礎控除額は、相続税の申告や納税が不要となるボーダーラインを示します。以下が基礎控除額の計算式です。
【相続税の基礎控除】
相続税の基礎控除額=3000万円 +(600万円×法定相続人の数)
基礎控除額は、法定相続人の中で相続放棄があった場合でも、相続放棄がなかったものとして計算されます。また、法定相続人に養子がいる場合、実子がいる場合は1人まで、実子がいない場合は2人までを法定相続人に含めて計算します。
相続税計算の基礎となる「課税価格」とは
相続税計算の基礎となる「課税価格」とは、相続人が承継した財産の価額に生命保険金などの「みなし財産」の価額を足し、負債の総額や非課税財産の総額を差し引いた金額を指します。この金額が相続税を計算する基本となります。計算式は以下の通りです。
各相続人の課税価格=純資産価額(※)+相続開始前3年以内の生前贈与の財産の価額
※純資産価額=相続又は遺贈により取得した財産の価額+みなし相続等により取得した財産の価額-非課税財産の価額+相続時精算課税制度の対象となる生前贈与の財産の価額-債務及び葬式費用の額
つまり、相続税の有無を考える場合、単に相続で引き継いだ財産だけでなく、死亡退職金や生命保険金などの「みなし相続財産」や、死亡前の3年間に生前贈与された財産、相続時精算課税制度の適用を受けた生前贈与財産をも考慮しなくてはなりません。
遺産相続の方法
遺産相続の方法には、通常「単純承認」という「亡くなった人の財産・債務を丸ごと引き継ぐ」方法があります。しかし、中には「借金がどれくらいあるか分からない」「引き継ぎたくない財産がある」などの理由で、単純承認をしたくない場合もあります。こうした場合には、プラスの財産の範囲内でだけマイナスの財産を引き継ぐ「限定承認」で相続する範囲を限定したり、「相続放棄」により相続しない選択をしたりすることができます。
単純承認
遺産相続において、単純承認はすべての財産を無条件で相続する手続きです。プラスもマイナスも含めて相続されるため、特別な手続きは必要ありません。単純承認は最も一般的な相続方法ですが、慎重な検討が必要です。思いがけない負債や借金が見つかった場合、それらも相続されることになります。したがって、相続財産の調査は慎重かつ正確に行う必要があります。
限定承認
限定承認は、相続人が相続によって得たプラスの財産を限度としてマイナスの財産を引き継ぐ方法です。単純承認を選択した場合、被相続人の債務が財産を上回った場合、相続人はその負債を相続財産でまかなわなければなりません。この負担を回避したい場合、限定承認を行うことで、引き継ぐ債務を相続財産の範囲内に収めることができます。
ただし、限定承認を行うには相続人全員の合意が必要であり、手続きが煩雑であるため、現在は限定承認を選択するケースは非常に少ないようです。
相続放棄
相続放棄とは、プラスの財産もマイナスの財産も一切を放棄することを指します。これは、債務の額が財産の額を上回る場合だけでなく、相続財産に十分な価値や魅力を感じない場合や、事業承継を他の相続人にまかせたい場合などに利用されます。限定承認とは異なり、相続放棄は相続人単独の意思で決めることができます。
相続放棄、限定承認は三カ月以内
相続放棄または限定承認を希望する場合は、被相続人が亡くなって相続することを知った日から3カ月以内に、家庭裁判所に申述書を提出する必要があります。この期間を熟慮期間と呼び、相続人はこの期間内に相続財産と相続人を確認し、適切な相続方法を選択する必要があります。
ただし、期限内に手続きを完了しても、相続財産の一部を勝手に使用したり、秘匿したりした場合、いずれの手続きも無効となり、自動的に単純承認が行われたものと見なされます。
相続全体の手続き手順
財産を所有する人が亡くなった場合の基本的な手続きの流れは以下の通りです。期限や手続きの順序は地域や国によって異なるため、詳細は現地の法令や規定を確認することが重要です。
相続(被相続人の死亡)から7日以内に必要な手続き
- 死亡届の提出
- 死体火葬(埋葬)許可申請書の提出(国外で亡くなった場合には3カ月以内)
相続(被相続人の死亡)から14日以内に必要な手続き
- 世帯主変更届(亡くなった人が3人以上の世帯の世帯主だった場合)
- 住民票の抹消届
- 国民健康保険証の返還、遺族の国民健康保険の加入
相続(被相続人の死亡)から3カ月以内に必要な手続き
- 葬儀の実施
- 金融機関への連絡
- 生命保険・損害保険の手続き
- 社会保険・年金関係・遺族年金の手続き
- 遺言書の確認・検認
- 相続人及び相続財産の調査、相続人の確定
- 相続人全員で遺産分割協議の開始
- 相続放棄・限定承認
相続(被相続人の死亡)から4カ月以内に必要な手続き
- 被相続人の所得税の準確定申告及び納税
相続(被相続人の死亡)から10カ月以内に必要な手続き
- 遺産分割協議書の作成
- 不動産の名義変更、預貯金の払い戻し等の相続手続き
- 相続税の申告及び納税
期限がない手続き
- 遺言書の検認
- 遺産分割協議、調停、審判
- 銀行の預金口座などの名義変更
以上が大まかな手続きの流れです。手続きに関しては期限を守り、早めの対応が望ましいです。
まとめ 相続手続きは複雑で大変なケースも 専門家への相談も検討
相続にはさまざまな手続きがあり、それぞれのケースにおいて異なる課題が生じます。弁護士、司法書士、税理士、行政書士などの各士業が、相続手続きにおいて対応できる内容が異なります。不動産が遺産に含まれる場合、登記を依頼できる司法書士に相談するのが有益です。
相続という一般的なカテゴリーでも、法律の知識が必要な場面、仕事との両立が難しい場面、相続人の調整が必要な場面など、様々な課題が発生します。上図に示すように、専門家によって対応できる領域は異なりますが、相続トラブルを未然に防ぐためにも、生前からある程度の準備をしておき、専門家への相談を検討することがおすすめされます。