高齢化が進み、家族信託という言葉が各種メディアで頻繁に取り上げられるようになりました。
この記事では、親が家族信託に取り組む場合における異なるアプローチを探り、各パターンの利点や欠点について詳しく説明します。
さらに、具体的な失敗例とその解決策にも焦点を当てていますので、是非最後までご一読いただければ幸いです。
家族信託とは、家族に財産を託して、管理運用をしてもらう仕組みのことだぞ
「子供」が家族信託の受託者になるケースが多い理由
多くの場合、委託者の子が家族信託の受託者になる理由は、その子が委託者にとって最も近く、かつ信頼できる存在だからです。
信託は、ある人が自ら所有する財産を信頼できる人に託し、その受託者がその財産を一定の目的に基づいて管理、運用、または処分する制度です。このため、委託者と受託者の関係には強固な信頼が必要です。
信託の受託者には、一般的には委託者の家族以外や法人も選ばれることがあります。しかし、委託者にとって、信頼面で自身の子供に勝る存在はないと考えられることが一般的です。
また、家族信託には相続の側面があり、託された財産が将来的に受託者によって承継されることが一般的です。このため、しっかりとした財産管理が期待できることも、家族信託で子供を受託者に選ぶ理由の一つと言えます。
兄弟全員が共同で受託者になることは可能?
信託法において、受託者の人数に特に制限がないため、兄弟全員が共同で受託者になることは可能です。
共同で受託者を立てるメリット
複数の受託者を設定する際のメリットは以下の3つです。
メリット①|責任や義務が分散され、負担が軽減される
受託者には、大きな権限が与えられる一方で、「善管注意義務」「忠実義務」「帳簿作成・報告・保存の義務」など、さまざまな責任と義務が課せられます。これらを一般の方が1人で担うのは大きな負担となりますが、複数の受託者に分散させることで、各受託者は自身の分担に集中でき、信託事務をより適切に遂行できます。
メリット②|お互いが監視監督することで、信託事務の適正化が図れる
受託者は信託財産の管理・運用・処分権限を持っています。受益者のために適切に信託事務を遂行することが期待されますが、権限を悪用し財産を自己利用する可能性もあります。複数の受託者が設定されていれば、お互いに監視監督することができ、1人の受託者が問題を起こすリスクを低減できます。
メリット③|受託者が死亡などにより信託事務を遂行できなくなった場合、新たな受託者を選ぶ必要がない
複数の人が共同で受託者となった場合、1人が死亡などで信託事務を遂行できなくなった場合でも、他の共同受託者が引き継ぐことができます。
共同で受託者を立てるデメリット
複数の受託者を設定する際のデメリットは以下の4つです。
デメリット①|信託口座を開設できない
家族信託は契約締結後、長期間にわたり続くことが前提となるため、信託財産の金銭管理は預貯金口座が一般的です。しかし、受託者が複数の場合、金融機関の制約から信託専用の口座である「信託口座」を開設することが難しくなります。そのため、受託者は各自の個人口座を信託用口座として利用し、金銭を管理する必要があります。
デメリット②|意思決定が遅くなる場合がある
通常、保存行為以外の意思決定は受託者の過半数で決定されます。したがって、受託者が2人の場合、意見の不一致が生じた場合は膠着状態となり、信託事務の進行が遅れる可能性があります。
デメリット③|受託者が信託事務を処理する際に、信託財産をもとに債務を負った場合、他の受託者も連帯責任を負う
例えば、信託財産である不動産を抵当に入れて借金をした場合、他の受託者も連帯してその債務を負うことになります。
デメリット④|複数の受託者を設定すると、信託の仕組みが複雑になる
家族信託は通常長期にわたり、その間に受益者や受託者の人間関係に変化が生じる可能性があります。仕組みが複雑であると、これらの変更に対処することが難しくなります。
兄弟が共同で家族信託に取り組むための方法
兄弟が共同で家族信託に取り組む別の手段として、主に以下の3つの方法が挙げられます。
- 第二受託者を設定する
- 信託監督人・受益者代理人を設定する
- 兄弟が委託者となり、それぞれ別々の信託契約を結ぶ
これらは、兄弟が協力して信託契約を結ぶ際のデメリットを軽減するための効果的な方法になります。
方法①|第二受託者を指定する
第二受託者とは、現在の受託者が死亡などにより信託事務を遂行できなくなった場合に、新たな受託者として任命される者を指します。信託契約時にこのポジションを設けることで、予測不可能な状況に備えることができます。
メリット
①受託者の責任を軽減できる
受託者には様々な義務が課せられていますが、第二受託者は予備的存在であり、受託者と同じ立場ではありません。例えば、長男を受託者、次男を第二受託者に指定することで、次男が相談相手になるなど、受託者の負担を軽減できます。
②受託者不在の期間をなくすことができる
受託者が亡くなったり、健康上の理由で信託事務が滞る場合があります。第二受託者の存在により、信託事務の途中で受託者が変わっても、信託は継続されます。信託契約に明示されていない場合、新たな受託者の選出に時間がかかり、信託事務に空白期間が生じる可能性があります。
このようなリスクを回避するために、信託契約時に第二受託者を指定しておくことが望ましいです。
デメリット
第二受託者は予備的な立場であり、共同で受託者となる場合とは異なり、責任や義務を全うする必要があります。受託者自体の負担は軽減されますが、依然として信託事務の遂行は慎重な対応が必要となります。
方法②|信託監督人・受益者代理人を設定する
家族信託は長期にわたるものであり、その期間中に受託者が権限を逸脱するか、受益者が認知症にかかるなどの事態が発生する可能性があります。信託監督人と受益者代理人は、こうした状況から受益者の権益を守るための重要な制度です。
信託監督人・受益者代理人とは
信託監督人は、受託者が信託の目的に則って財産を管理・運用・処分しているかを監視し、受益者の権益を保護する役割を果たす人物です。特別な資格が必要ではないが、未成年者や信託契約の受託者である者は信託監督人に選任できません。家族や親族のほか、弁護士や司法書士といった専門家も信託監督人に選ばれることがあります。
受益者代理人は、受益者が認知症などで意思表示が難しい場合に、受益者の代理人として権利を行使する人物です。受益者の代理として、生活費や小遣いの請求、財産の処分などの行為を行います。
メリット
- 受益者が認知症や未成年者である場合、受託者の監視監督を受託者自身が行うのは難しい。信託監督人を指定することで、受託者の権限逸脱や利益相反を抑止できる。
- 受益者代理人は成年後見人に類似し、受益者が権利を行使できない状況で代理として行動できる。これにより、受益者の権利行使を円滑にし、信託事務の進行をサポートできる。
デメリット
信託監督人や受益者代理人は利益保護に役立つが、選択は慎重に行うべきである。家族がこれらの役割を果たす場合、感情的な軋轢が生じやすく、家族内の対立につながる可能性がある。信託監督人や受益者代理人の選任には、第三者、特に専門家の参加が望ましい。
方法③|兄弟が委託者とそれぞれ別個の信託契約を締結する
委託者の子を複数の受託者に設定する方法の一環として、共同で受託者になる以外に、委託者と兄弟それぞれが個別に信託契約を締結する方法があります。
メリット
複数の信託契約を結ぶ利点は、信託財産の性質に合わせて、それぞれ最適な受託者を指定できる点にあります。
たとえば、委託者が不動産と現金2,000万円を信託財産に含めたいと考えた場合、長男Aが不動産に精通しているため、不動産を対象とする信託契約を結び、次男Bとは現金2,000万円を含む信託契約を結ぶことができます。
これにより、共同で受託するよりも、効率的で適切な信託業務が期待できます。また、各信託財産に対して各受託者が単独で意思決定を行えるため、信託事務がスムーズに進行します。
デメリット
複数の信託契約を結ぶ際には、以下の2つのデメリットが考えられます。
① 信託契約締結時の費用が増加する可能性がある
通常、家族信託契約を結ぶ際には、弁護士や司法書士などの専門家に相談・依頼することが一般的です。信託契約の数が増えると、それに伴う専門家への報酬も増加する可能性があります。通常、専門家への報酬の相場は30万円から80万円程度と言われています。
② 複数の不動産に関する別々の信託契約を結んでいる場合、損益通算ができない可能性がある
例えば、不動産Aを信託財産とする信託契約を長男と結び、不動産Bを信託財産とする信託契約を次男と結んだ場合、不動産Aの収支が赤字で不動産Bの収支が黒字だった場合、これらの損益を相殺することができません。
兄弟で家族信託に取り組む際の失敗例
話し合いが足りず兄弟仲に亀裂が入る例
家族信託が失敗する最も大きな原因は、信託契約前に家族間の話し合いが不十分だったことによるものです。
話し合いが不十分なまま、委託者と兄弟のうち1人と信託契約を結んでしまった場合など、兄弟間に不公平感が生じる可能性も否定できません。
家族信託は他の家族の同意は必要なく、委託者と受託者の合意のみで成立します。家族信託は信託財産の承継、つまり将来の相続の側面も持ち合わせているので、特定の人に都合の良い内容の信託契約は、他の相続人に疑念を抱かせるかもしれません。
このような事態を回避するには、何度も家族で話し合う場を設けて、時間をかけて家族全員が納得するまで話し合うことが必要です。例え、特定の人が将来的にその財産を承継するのがふさわしいとしても、家族間で話し合い関係者全員が納得した上で、信託契約を結ぶべきでしょう。
受託者になった兄弟が権利を濫用してしまう例
受託者は大きな権限を持ち、信託財産を管理・運用・処分することができます。大きな権限を持った受託者が、受益者の利益を無視して、信託財産を自己のために流用するかもしれません。
受益者が、認知症の場合や未成年者で判断能力がなく、受託者を管理監督できない場合、受託者の暴走を阻止することは困難でしょう。
受託者の権利濫用を防止するための対策は、受託者を監視監督するように家族信託を設計することです。
ただし、信託監督人や受益者代理人を選任する場合、各自の主張が対立した結果、信託事務に支障をきたすこともあります。選任は慎重に行い、信託の仕組みをシンプルにするため人数は必要最小限に止めましょう。
兄弟で家族信託契約書を作成したが、契約書に不備があった例
現在、本屋に行けば大量の家族信託の本が売られ、ネットでも手軽に家族信託の手続きの情報が手に入るようになりました。本やネットで勉強をして自分たちで家族信託を組んだ人たちの多くに共通する失敗は、契約書に不備があったというものです。
その中でもよくある失敗例は信託できない財産を設定してしまうことです。
代表的なものに、農地と預金口座があります。これらは信託財産となりませんので、気を付けてください。農地を譲渡するためには農地転用の許可が必要になりますし、預金口座には譲渡禁止の特約が付いています。
また、受益者を委託者以外の第三者に設定してしまうのもよくある失敗例です。この場合、受益者に贈与税がかかります。
家族信託の契約書を作るには、法律と税務の深い専門的な知識が必要となります。
一般の方が本やネットで勉強した程度では、契約書作成は難しいでしょう。自分たちで契約書を作る場合、必ず弁護士や司法書士など法律の専門家に相談することをおすすめします。
兄弟で家族信託に取り組むことに関するよくある質問
- 家族信託はおすすめですか?
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依頼する人がどの程度負担に思うかによって変わってくるかと思います。家族信託以外にも、遺産の整理を行ってくれる弁護士などもいるので、検討してみると良いかもしれません。
- 家族信託を依頼された人は負担が大きいですか?
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受託者の義務には以下のものがあります。人によっては大きな負担と感じることもあるでしょう。
- 善管注意義務
- 公平義務
- 忠実義務
- 分別管理義務
- 帳簿作成・報告義務
- 通知義務
- 利益相反行為の禁止
- 損失てん補責任
不動産と現金などの信託財産を管理・運用・処分することはかなり大きな負担となると考えられます。
- 家族信託の受託者には何親等までなれますか?
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信託法上、委託者から見て何親等までという具体的な決まりは存在しません。従って、何親等の親族でも受託者に指定することができます。
さらに、家族が経営する法人であっても、信託事務に必要な行為能力があれば、その法人が受託者となることが可能です。ただし、未成年者は信託事務の行為能力を有していないため、受託者に指定することはできません。
受託者には多岐にわたる義務と責任が伴います。そのため、これらを理解した上で責任を果たしてくれる親族がいなければ、家族信託の設定は難しいでしょう。
まとめ
この記事では、兄弟が家族信託に取り組む際の様々なケースに焦点を当て、それに伴うメリットとデメリットを詳しく説明しました。
家族信託を構築する上で最も重要なのは、家族全員が時間をかけて議論し、仕組みと各自の役割を理解することです。